印刷所を選び、紙を触り、写真や文章を一冊へ閉じ込める。ZINEには、出版社の判断を待たずに作品を世へ出せる自由がある。一方でイベント会場を歩くと、出店者同士が挨拶代わりに買い合い、知人のブースを一周して帰る光景も少なくない。

買った側もつくり手、売った側もつくり手。翌月には立場が逆になる。同じ千円札がテーブルの間を移動し、全員の売上だけが立つ。それを市場の成長と呼ぶのは苦しい。作品が読者へ届いたのではなく、関係維持の会費を交換しただけかもしれない。

売れた冊数ではなく、知らない読者の手へ何冊渡ったかを数えたい。

買わないと居づらい空気

自主制作では、作品と作者の距離が近い。だから中身を見て戻しただけでも、人格を拒否したような気まずさが生まれる。読み手は比較する前に会話へ捕まり、内容より「応援したい人」で財布を開く。

交流は悪くない。だが、交流しない読者が入りにくいなら、本のイベントとしては閉じている。作品を知らない人が黙って試し読みでき、買わずに離れられ、後からタイトルで探せる。その当たり前がなければ、会場は文化祭の打ち上げに近づく。

つくる人より、読む人を増やす

必要なのは出店数の拡大だけではない。テーマ別の案内、第三者による選書、見本を読むための場所、作者が立っていない販売棚。作品と人間関係を一度切り離し、知らない一冊と出会える設計だ。

誰でも本をつくれる時代に、つくる人だけを増やしても読者は足りなくなる。ZINEを内輪の記念品で終わらせたくないなら、相互購入の売上ではなく、関係のない誰かに読まれた回数を誇るべきだ。

出典・編集注記

ZINEそのものではなく、つくり手同士の相互購入だけで閉じるイベント構造を批評した記事です。

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