「もし」を考えても答えは出ない

もしジャニー喜多川氏がもっと早く亡くなっていたら。もしBBCがもっと早く問題を世界へ突きつけていたら。M!LKやEBiDANは、もっと早く今の場所まで来ていたのか。

もちろん答えはない。ジャニー氏は2019年に死去し、BBC『J-POPの捕食者』が放送されたのは2023年。M!LKが「イイじゃん」で大きく跳ねたのは2025年、結成10周年を越えてからだった。

だからこれは「ジャニーズが邪魔をした」という断定ではなく、日本の男性アイドル市場に、もっと早く複数の正解が存在していたらという話だ。

横浜流星がアイドルだった世界線

象徴的なのが横浜流星である。

現在は主演級俳優として確固たる地位を築く彼も、2010、11年にはEBiDANの舞台に出演していた。つまり、俳優・横浜流星になる前には、男性タレント集団EBiDANの世界にいた。

もし当時、今のように「男性アイドル=一社」という空気が薄く、複数事務所のボーイズグループがテレビ、CM、音楽番組で普通に競える市場だったら。横浜が歌って踊り、グループのセンターとして売れていた世界線だって、完全な妄想とも言い切れない。

ただし、彼が俳優を選んだことが結果的に大成功だったのも事実だ。

M!LKは10年待った

M!LKは2014年結成。長く活動を続け、2025年「イイじゃん」で一気に広がり、同年末には紅白初出場。2026年にはEBiDANの15周年シングルが週間合算107.4万ポイントを記録した。

今になって突然、才能が生まれたわけではない。

市場の方が彼らを見つけやすくなった、と考える余地はある。

BBCは2023年、旧ジャニーズ事務所がメディアに巨大な影響力を持ち、所属タレントへのアクセスが報道側の判断にも影響していた構造を報じた。問題表面化後、日本の男性アイドル市場はK-POP、BE:FIRST、EBiDAN、STARTO勢らが同じ画面に並ぶ時代へ急速に変わった。

失われたのは誰かのデビューではなく、「比較される機会」だったのかもしれない。

ifの答えは出ない。それでも想像する意味

「横浜流星がアイドルだったか」「M!LKが5年早く売れたか」は永遠に分からない。

才能だけで売れるほど芸能界は単純ではない。曲、時代、SNS、本人たちの成長もある。

それでも、選択肢の少なかった市場が変わった途端、かつて脇にいた勢力が一気に可視化された事実は面白い。

横浜流星がマイクを持つ世界線は存在しなかった。

だが、これからの少年たちは「俳優になるか、あの事務所に入るか」だけではない。

M!LKが10年かけて証明したのは、自分たちの成功以上に、日本の男性アイドルには最初からもっと多くの未来があった、ということなのかもしれない。

出典・編集注記

事実確認(2026年9月30日):横浜流星公式サイトの出演歴で、2010年と2011年にEBiDAN名義の舞台へ出演していたことを確認しました。M!LK公式サイトでは2014年11月結成、ビクターエンタテインメントの公式プロフィールとORICON NEWSでは、2025年の「イイじゃん」の広がりと第76回NHK紅白歌合戦初出場を確認しました。EBiDANの15周年記念シングル「Yes! 東京」は、2026年8月24日付オリコン週間合算シングルランキングで107万4165ポイントを記録しています。BBCは『J-POPの捕食者』を2023年に放送し、ジャニー喜多川氏がメディアに与えた強い影響力を調査したと説明しています。横浜がアイドル活動を続けた可能性、M!LKやEBiDANのブレイク時期と旧ジャニーズ事務所やBBC報道の時期との因果関係は確認できず、本文は反実仮想に基づく筆者の論評です。画像は存在しなかった世界線を表現した生成編集用イメージで、実際の公演や人物配置を再現したものではありません。

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