2013年の『[新編]叛逆の物語』から約13年。『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』が8月28日に公開された。公式が掲げるのは、曖昧な“新章”ではない。『叛逆の物語』の正統なる続編である。

監督・新房昭之、脚本・虚淵玄、キャラクター原案・蒼樹うめ、制作・シャフト。鹿目まどかと暁美ほむらの関係も、世界がどう書き換えられたかも、前作の先から始まる。十三年ぶりだからといって、観客を入口まで迎えに来てはくれない。

十三年の空白を説明で埋めない。その不親切さまで、正統続編の覚悟になっている。

『初めまして』の客に、やさしくない

今の大作は、途中参加の観客にも優しい。冒頭で前提を説明し、新キャラクターを案内し、知らなくても楽しめる入口を用意する。観客を広げるなら正しい。だが『ワルプルギスの廻天』が優先したのは、広さより深さだ。

AV Watchの公開初日レビューも、テレビシリーズまたは劇場版前後編と『叛逆の物語』の復習を勧めている。新規客を拒絶するというより、前作で受けた傷と疑問を持ったまま来てほしい作品なのだ。ここで過去を丁寧に説明し直せば、十三年間待った側の時間まで薄くなる。

説明不足ではない。観客を選んでいる

『まどか☆マギカ』は、設定だけを理解すれば終わる作品ではない。可愛らしい少女の輪郭と、冷たい契約の構造。日常と悪夢。救済と支配。相反するものを同じ画面へ押し込み、観客に気持ちの置き場所を失わせてきた。

だから正統続編に必要なのは、誰にでも分かる要約ではなく、あの不安定さをもう一度動かすことだった。悪魔となった暁美ほむら、円環の理となった鹿目まどか、再び現れるワルプルギスの夜。固有名詞を聞いて何も浮かばないなら、先に戻ったほうがいい。それは欠点ではなく、鑑賞条件である。

全員に届かない続編があっていい

シリーズ作品が大きくなるほど、『これ一本で楽しめます』と言いたくなる。だが、すべての作品が新規客のために過去を畳む必要はない。長く待った観客だけが受け取れる感情を、堂々と残していい。

『ワルプルギスの廻天』は、十三年分の親切な説明書ではない。前作の最後で止まった歯車を、その位置から再び回す作品だ。復習してから来い。思い出してから来い。その強気な姿勢まで含めて、これは『叛逆の物語』の続編として正しい。

出典・編集注記

『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』公式サイトと、公開初日のAV Watchミニレビューを参照した、作品設計に対するネタバレなしの編集部論評です。鑑賞レポートではありません。公式情報: 参考:

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