いつからだろう。

派手な見た目で、独特の言葉を使い、自分に「様」まで付けてしまえば、世の中についてコメントする資格まで手に入るようになったのは。

キャラクターとしては面白い。

そこは否定しない。

問題は、その人が面白いことと、その人の意見に意味があることをテレビが混同していることだ。

「何を言うか」より「誰が言うか」

美容に大金を使った。

強烈な人生を送ってきた。

独特な世界観を持っている。

それだけなら一つの立派なタレント芸だ。

だが、なぜそこから恋愛、社会、人間関係、果ては他人の人生まで斬る「ご意見番」へ昇格するのか。

昨日まで知らなかった人物が、気付けばスタジオの真ん中で他人を採点している。

テレビとは不思議な場所である。

強い言葉は、深い言葉ではない

「意味がない」

「そんな男やめなさい」

「私なら絶対こうする」

言い切ればテレビでは使いやすい。

短く切り取れるし、SNSにも載せやすい。

だが断言の強さと、思考の深さは別物だ。

声量を知性と取り違えてはいけない。

本当に面白いのは本人ではなく、この現象

本人は求められたキャラクターを演じているだけなのかもしれない。

むしろ気になるのは、それをありがたがるテレビ側だ。

強烈な外見。

強烈な口調。

強烈なキャラクター。

三つ揃えば「この人に聞いてみましょう」。

ずいぶん雑な人選である。

他人に「意味がない」と言わせる前に、一度考えてほしい。

そのコメントを聞く意味は、本当にあるのか。

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