面白いものだけを見ていたいはずなのに、お笑い番組や動画を何本も続けて見たあと、妙に疲れていることがある。笑えなかったのではない。むしろ、ずっと面白かったから疲れたのだ。

味の濃いハイカロリーな料理も、最初の一口は強烈にうまい。しかし、それだけを休みなく食べ続ければ、やがて舌が慣れ、次の一口に驚けなくなる。笑いも同じなのかもしれない。

ずっと面白いより、また見たくなる。そのためには、笑わなくていい時間がいる。

笑いにも、カロリーがある

ボケを理解し、次の展開を予想し、裏切られた瞬間に笑う。笑うことは受け身に見えて、頭も身体も意外と忙しい。そこへテロップ、効果音、ツッコミ、別のボケが重なれば、観客は休む暇なく反応を求められる。

配信では一本が終われば、すぐ次の動画が始まる。短い切り抜きは、前振りや余韻を削って笑いだけを並べる。面白さの密度が上がるほど満足できそうなのに、実際には笑いの刺激に慣れ、もっと強い一発がなければ反応できなくなる。

面白くない時間が、面白さを戻す

欲しいのは、つまらない番組ではない。笑わなくていい時間だ。出演者の何気ない雑談、答えの出ない間、ただ移動しているだけの景色。物語に直接関係しない余白があるから、次の笑いがもう一度大きく見える。

コース料理に口を整える一皿があるように、お笑いにも箸休めが必要だ。全部の秒を面白くしようとすると、面白さそのものが平らになってしまう。ずっと笑わせることより、少し休んだあとにまた見たくなること。その方が、長く愛されるお笑いなのではないか。

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