Oasisの再結成ツアーを追った映画『Oasis: Don’t Look Back in Anger』が9月11日に公開された。スティーヴン・ナイトが構成し、ディラン・サザーンとウィル・ラヴレースが監督。41公演、5大陸、200万人超の熱狂を、リアム・ギャラガーとノエル・ギャラガーの舞台裏、観客の物語、巨大な合唱で束ねる。
ただし本稿は全編の鑑賞記ではない。公式予告・公開クリップと、ヴェネチアで確認した複数媒体の論評から、映画が何を見せ、何を見せないと決めたかを読む。
怒りを振り返らない映画は、再結成の幸福を守った。だが、怒りを見なければ、この兄弟が戻った重さまで軽くなる。
主役は兄弟、証人はファン
公表された構成では、カーディフ、マンチェスター、東京、リオ、ブエノスアイレス、米国へ移動し、カメラはステージだけでなく客席へ向く。日本の海で働く人、マンチェスター爆破事件の生存者、アルゼンチンのサッカーファン。曲が個人の人生へどう残ったかを置くことで、再結成を二人の和解ではなく、世界中が待った出来事へ拡大する。
これは正しい。Oasisの歌は技巧の展示より、知らない人同士が同じ一節を自分のものとして叫べることに強さがある。予告編も、演奏の完全再現より観客の顔と声を売る。映画館をもう一度スタジアムにする設計だ。
怒りを見ないから、気持ちよく泣ける
一方、BFIの論評は、映画が解散をめぐる不快な問いを避け、兄弟以外のミュージシャンをほとんど掘らないと指摘する。ボーンヘッドへの称賛はあっても、長い空白や再接続の理由は深追いしない。リアムとノエルの辛口な会話は笑いになるが、なぜ今なら同じ場所に立てたのかという核心は、勝利の行進の外へ置かれる。
もちろん再結成映画に、法廷の尋問まで求める必要はない。ツアーを楽しんだ人へ、その幸福を大画面で返すファンサービスには価値がある。監督が目立たない小型カメラを使ったという方針も、巨大興行の内側へ近づく手段だ。だが葛藤を消した親密さは、ドキュメンタリーというより公式アルバムの美しさに近い。
記録映画か、再結成ブランドの完成品か
ツアー映像は、成功後に編集される。満員の会場、泣くファン、仲の戻った兄弟を並べれば、歴史は『結局うまくいった』へ収束する。そこで落ちるのは、十五年以上の断絶がバンドや観客へ残した傷と、兄弟以外が支えた音だ。再結成を祝う作品ほど、祝えなかった年月を映してこそ現在の価値が立つ。
題名は代表曲を借り、過去の怒りを振り返らず今夜の合唱へ進む。その潔さはライブには正解でも、記録映画には都合が良い。語れない空白こそ再結成の値段だ。
公式映像で確認できる範囲でも、本作は熱狂を保存する力を持つ。同時に、その熱狂をOasisという巨大ブランドへきれいに戻す装置でもある。怒りを振り返らない映画は、再結成の幸福を守った。だが怒りを見なければ、この兄弟が戻った重さまで軽くなる。勝利のCMで泣いた後こそ、カメラが避けた十五年を見ろ。
出典・編集注記
本稿は2026年9月11日公開の映画を劇場で鑑賞した体験記ではありません。Disney公式ページで公開された予告編と本編クリップ、ヴェネチア国際映画祭で作品を確認したBFI Sight and Sound、The Guardianの報道・論評を基に、確認できる構成と宣伝判断を批評しました。41公演、5大陸、200万人超という規模はThe Guardianの監督インタビューを参照。映像の細部や演奏を筆者が全編見たようには評価していません。






レスポンスを読み込んでいます…