『ラヴ上等』がヒットした。

そして、いつの間にかMEGUMIには「プロデューサー」という肩書きが強く付き始めた。Netflixとは複数年の独占契約まで結ばれている。

成功した企画を評価する。それ自体は当然だ。

ヒット一本で「企画力がある」と言い切れるのか

だが、一つ当たった瞬間に「この人には企画力がある」と業界全体で神輿に乗せる。その判断はいくらなんでも早すぎなかったか。

ここで問題にしたいのは、MEGUMIがグラビアアイドル出身であることではない。

むしろ逆だ。

グラビア、俳優、美容、実業と場所を変えながら自分を売り続けてきたセルフプロデュース能力は高い。それと「映像作品を継続的に生み出せる企画力」を同じものとして扱っていいのか、という話である。

知名度と企画力は、同じではない

有名人なら企画は通りやすい。

人脈もある。キャスティングにも強い。本人自身が広告塔にもなる。

しかし、それは企画そのものが面白いことの証明ではない。

一本当てれば「天才」。

少しつまずけば「期待外れ」。

この極端な持ち上げ方こそ、芸能界の悪癖ではないか。

「炎上上等」を掲げるなら、燃えた後までが企画だ

タイトルの「炎上上等」は、もちろん本人の発言を引用したものではない。

ただ、尖った企画を評価し、予定調和ではないものを求めてプロデューサーとして大きな権限を渡すなら、賛否や炎上まで含めて受け止める覚悟が起用する側にも必要だろう。

問われているのは、MEGUMIではなく業界の見立て

問われているのはMEGUMI一人の能力ではない。

一つの成功と知名度を見て、すぐに「次のクリエイター」を作り上げてしまう。

その業界側の見立てこそ、少し甘すぎたのではないか。

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