MCUが映画史にもたらした発明の一つは、「映画館で連ドラを見る」という体験だった。

一本を見て終わりではない。

次の作品で新しい人物が現れ、数年後には別作品の主人公と合流する。エンドクレジットの先には次回予告のような映像まで置かれる。

映画に「次も見なければ」を持ち込んだ

『アイアンマン』から始まった作品群は、やがて『アベンジャーズ』へ集結した。

観客が買っているのは一本の映画だけではない。

「この世界の続きを追いかける」という体験そのものだ。

映画というより、数カ月おきに巨大な劇場で放送される連続ドラマに近い。

そしてテーマパークのアトラクションにも似ている。

前回乗ったアトラクションの続きが、今度は隣の施設に完成する。

だから観客はまた来る。

## しかし、大河ドラマにはならない

ではMCUは、何十年にもわたる巨大な「大河」なのか。

少し違う。

大河ドラマには基本的に終点がある。

人物が若者から老人になり、時代が動き、誰かが死に、次の世代へ渡されていく。

物語が進むとは、世界が不可逆的に変化することでもある。

一方、巨大フランチャイズは簡単には終われない。

人気キャラクターを残し、新作を作り、世界を拡張し続けなければビジネスそのものが止まってしまう。

「歴史」ではなく「営業中の世界」

ここが大河との違いだ。

大河は終わるから歴史になる。

MCUは続けるために世界が存在する。

もちろん、それが悪いわけではない。

むしろ映画館に「来年もこの続きを見に来る」という習慣を作ったことこそ、MCU最大の功績かもしれない。

ただし、長く続けば続くほど、過去作は「歴史」ではなく「履修科目」になっていく。

MCUは壮大な連ドラである。

だが、終わることのできない連ドラは、永遠に大河にはなれない。

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