マドンナが9月27日、ロサンゼルスで開かれるMTV Video Music Awardsのオープニングを務める。VMAで歌うのは2003年以来23年ぶり。2026年は『Confessions II』関連で11部門に入り、最多ノミネートとして戻る。
68歳の歌手が新作で最多候補になり、生放送の最初を任される。これだけでニュースは成立する。ところが多くの告知と記事が最初に呼び戻したのは、2003年にブリトニー・スピアーズ、クリスティーナ・アギレラと披露したキスだった。新しいステージの前に、古い衝撃が再生された。
伝説を引用するなら、若い女性を驚かせた過去ではなく、年齢を理由に退場しない現在を映せ。
VMAは、マドンナを歴史映像に変えてきた
1984年の『Like a Virgin』、1990年の『Vogue』、1998年の『Ray of Light』。マドンナとVMAは、音楽番組がテレビ事件を作れた時代の象徴である。映像を一秒見せれば、番組の権威まで蘇る。MTVにとって彼女は出演者であると同時に、自局の黄金期を証明するアーカイブだ。
だから復帰は強い。だが「23年ぶり」を強調しすぎると、現在の曲は伝説を再生する口実になる。観客が待つのは新作のパフォーマンスなのか、過去の場面をもう一度起こすサプライズなのか。番組側が曖昧にするほど、懐古は視聴率になる。
キスを語る時、若い女性だけを小道具にするな
2003年の場面は当時のテレビ文化を揺らした。一方、回顧記事ではマドンナの挑発だけが主語になり、ブリトニーやアギレラの意思、年齢差、演出の権力関係は短く処理されやすい。衝撃映像を“名場面”と呼ぶだけでは、女性同士の身体を番組の話題装置にした構造を温存する。
反論もある。三人は世界的スターで、演出に参加したプロであり、現在の基準だけで過去を裁くべきではない。その通りだ。だから封印ではなく、文脈を更新すればいい。懐かしむなら、誰が何を得て、誰がその後も映像の意味を背負ったかまで語るべきだ。テレビ史は、刺激の強さだけでなく、その刺激を誰が管理したかまで保存して初めて歴史になる。
68歳のポップスターを、昔の自分と競わせるな
マドンナが今VMAに立つ意味は、若い頃の過激さを再現できるかではない。女性歌手が年齢を重ねても、新作、身体、欲望、支配権を自分で演出できるかにある。最多11部門という現在の実績を、2003年の注釈にしてはいけない。
番組が本当に彼女の歴史を尊重するなら、過去映像の模倣ではなく、2026年のマドンナが新人と同じ現在形で危険を取れる舞台を渡すべきだ。比較相手は40年前の本人ではなく、同じ夜に出演する現在のスターでいい。
伝説を引用するなら、若い女性を驚かせた過去ではなく、年齢を理由に退場しない現在を映せ。23年ぶりの復帰を2003年のキスでしか説明できないなら、古いのはマドンナではなくMTVの想像力だ。
出典・編集注記
MTV Video Music Awards公式Instagramの2026年9月17日付発表、Pitchfork、Entertainment Weekly、UOLの9月17〜18日付記事を参照しました。マドンナは9月27日のVMAでオープニングを担当し、同賞での歌唱は2003年以来23年ぶり。2026年は11部門で最多ノミネートと報じられています。画像は公開時の髪型・衣装傾向を参考にした生成編集用イメージで、実際のVMA会場ではありません。






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