「一番ウケた」が勝たない違和感

お笑い賞レースは、いつから「一番笑わせた人」を決める大会ではなくなったのだろう。

象徴的なのが、2024年M-1準々決勝のラパルフェだ。現地観覧レポでは「イチウケ」「圧倒的」とする声が複数あり、公開動画も大きな反響を集めた。それでも準決勝には進めなかった。ネタはニューヨークの漫才を大胆にパロディ化した“反則すれすれ”の内容だった。

M-1の公式審査基準は今も「とにかくおもしろい漫才」だ。

ならば、その場で一番笑いを取ったネタを落とす時、審査員はいったい何を採点しているのか。

プロが見ると「技術点」が生まれる

もちろん現役芸人だからこそ見えるものはある。

構成。伏線。ボケ数。ワードセンス。設定の新しさ。ネタ作りにかけた努力。既視感。技術の難易度。

2026年のABCお笑いグランプリも、決勝審査員7人は全員が現役芸人だった。芸人が芸人を評価することは、今や賞レースの“公平さ”を担保する王道になっている。

だが、それらを細かく見始めた瞬間、笑いは競技化する。

観客が腹を抱えている横で、「構成は綺麗だが展開が弱い」「設定をもっと生かせた」「一本目より精度が落ちた」と採点する。

それはもはや、お笑い版フィギュアスケートではないか。

ジャンプの難度、スピン、演技構成点を専門家が評価する競技ならそれでいい。しかし、お笑いの最終成果物は笑いだ。

「面白い」と「上手い」が混ざっている

賞レースの意義も変わった。

昔は無名が客前で爆発し、一夜でスターになる装置だった。今は芸人自身が攻略する競技になり、審査コメントまで含めて「どう採点されるネタか」を研究する。

だから「上手いネタ」が強くなる。

一方、モノマネ、身内ネタ、悪ふざけ、反則技のようなネタは、会場を最も沸かせても「大会として通していいのか」という別の尺度が入る。

それなら最初から「一番面白いやつを決める」と言わず、「最も完成度の高いお笑い競技者を決める」と言った方が正確だ。

笑いは採点表の外で爆発することがある。その“説明できなさ”まで含めて、お笑いの価値だったはずだ。

審査員に観客が必要な理由

現役芸人だけで審査することを否定したいわけではない。

プロの視点は必要だ。ただし、プロだけになると「作り手が評価する作品」へ寄りすぎる。

実際、キングオブコント2026は初の敗者復活戦で、芸人60人の採点で上位3組を選び、最後は視聴者投票で1組を決める方式を導入した。

この混ぜ方は面白い。

技術はプロが見る。でも最後に笑った人間も票を持つ。

お笑いが芸術なのか競技なのか、その答えは出ない。

ただ「一番面白い」を名乗るなら、少なくとも一番笑った客の存在を、採点表の外に置いてはいけない。

出典・編集注記

事実確認(2026年10月1日):M-1グランプリ公式サイトで、2024年大会のラパルフェが準々決勝敗退だったこと、2026年大会の公式審査基準が「とにかくおもしろい漫才」であることを確認しました。ラパルフェの2024年準々決勝について「イチウケ」「圧倒的」とする記述は、複数の現地観覧レポと大会後の記事に基づく観覧者の評価であり、主催者が測定・認定した順位ではありません。公開されたネタがニューヨークの漫才をパロディ化した内容だったことも関連記事で確認しています。ABCテレビ公式サイトでは、2026年の決勝審査員7人が陣内智則、ユースケ、岩崎う大、野田クリスタル、山内健司、秋山寛貴、辻クラシックで、全員が現役芸人であることを確認しました。TBS公式発表では、キングオブコント2026の初の敗者復活戦について、芸人60人の採点で上位3組を選び、視聴者投票で決勝進出1組を決める方式を確認しました。「お笑いフィギュアスケート」「技術点を競う場所」は審査制度をめぐる筆者の論評です。画像は実際の大会・会場・審査員を再現したものではありません。

SHARE