昔から分かりやすい流れがあった。

稼ぐ。

ホストへ行く。

担当に金を使う。

高い酒を入れる。

「私がこの人を支えている」と感じる。

ところが今、その金の行き先はホストクラブだけではない。

メン地下がある。

2.5次元俳優がいる。

もちろん、メン地下アイドルも舞台俳優もホストではない。

特に2.5次元舞台は、芝居、歌、殺陣、ダンス、原作表現を売るエンタメだ。

それでも一部の客の金の使い方だけ切り取ると、かなり似て見える。

シャンパンがチェキに変わった

ホストなら指名する。

メン地下なら推しを決める。

ホストなら何度も店へ通う。

メン地下ならライブと特典会へ通う。

ホストなら金を使うほど認知されやすい。

メン地下でも、何十枚もチェキを撮って毎週通えば顔を覚えられる。

言葉が違うだけで、

「大勢の中から一人の男を選び、その男との距離を金で縮める」

という快感は近い。

ホストクラブという看板が怖かった層にも、「推し活」という包装なら入りやすい。

2.5次元はもっと上品にできている

2.5次元はさらに巧妙だ。

そこには作品がある。

キャラクターがある。

舞台がある。

だから客は、

「男に金を使っている」

ではなく、

「作品を応援している」

と言える。

チケットを複数公演買う。

ランダムブロマイドを買う。

アクスタを買う。

写真集を買う。

イベントへ行く。

俳優個人のファンクラブにも入る。

気づけば、使っている金額だけなら夜の店と大差ない人も出てくる。

でも本人の感覚は違う。

これは文化だ。

推し活だ。

舞台鑑賞だ。

その免罪符が強い。

ホストが消えたわけではない

たぶん重要なのはここだ。

女性が「好きな男に金を使いたい」という欲望が消えたわけではない。

選択肢が増えただけだ。

会話したいならメン地下。

物語ごと愛したいなら2.5次元。

もっと直接的な疑似恋愛が欲しければホスト。

商品が細分化された。

だからメン地下や2.5次元を「全部ホスト」と呼ぶのは雑だ。

演者の仕事も、作品の価値も違う。

ただし、

ホストの代用品として消費している客は、確実にいるのではないか。

シャンパンタワーがなくなっても、

「私がこの男を支えたい」

という欲望はなくならない。

夜の街からライブハウスへ。

ライブハウスから劇場へ。

呼び方だけがどんどん綺麗になる。

結局、男を推す商売で一番強い商品は、

歌でも芝居でもない。

「この人にとって、私はただの客ではないかもしれない」という錯覚なのかもしれない。

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