「最近ラップが流行っている」。
この言葉に、妙な違和感がある。
世界ではヒップホップはすでに巨大なメインカルチャーになった。それなのに日本では今も「文脈を知らない人には分からない」「分かる人だけ分かればいい」と語られることがある。
プレイヤー側が「客には分からない」と言い始めた瞬間、その文化は危険な場所にいる。
松本人志以降、お笑いに生まれた「分かる/分からない」
似た現象を日本は一度経験している。お笑いだ。
松本人志の登場以降、日本のお笑いは高度化した。シュール、間、メタ構造。影響の大きさを否定する話ではない。
問題は、その後に生まれた価値観だ。
面白くないと言えば「笑いを分かっていない」。理解できなければ「レベルが低い」。いつしか笑えなかった客の理解力まで問われるようになった。
「分かる人には分かる」が免罪符になれば、届かなかったことまで作品の高度さへ変換できる。
ジョジョEDで露出した「素人と玄人」
その構図が『スティール・ボール・ラン ジョジョの奇妙な冒険』のEDでも見えた。
9月25日、千葉雄喜の「死ぬか生きるか」がEDに起用されると、「作品に合っていない」「従来の洋楽EDと違いすぎる」と反発が拡大。一方で擁護側からは、歌詞だけでなくフロウや声、反復まで含めて聴くHIPHOPの文脈を踏まえるべきだ、という論も出た。
ここで議論は、曲がジョジョに合うかという話から、「ラップを分かっている側/分からない側」の対立へ滑っていく。
「良くない」という感想に、「お前が分かっていない」が返ってくる文化は強くならない。
Creepy Nutsは「知らない人」まで連れてきた
HIPHOPに専門的な文脈があるのは当然だ。だが、それは映画にもジャズにも歌舞伎にもある。
巨大な文化は初心者を排除せず、知らない人まで巻き込む。
Creepy Nuts「Bling-Bang-Bang-Born」は2024年Billboard JAPAN年間Hot 100で1位、国外対象の年間チャートでも首位を獲得した。
ヒップホップを知らない人まで踊り、子供まで口ずさんだ。そこに「まず文脈を勉強してから聴け」はなかった。
カウンターカルチャーと、小さな村は違う
ヒップホップはカウンターカルチャーから生まれた。
しかし反骨精神と「大衆に理解されなくていい」は別物だ。世界のヒップホップは、自分たちの言葉や価値観を薄めず、大衆文化を書き換えた。
「分かる人だけ分かればいい」は、文化を小さく保つ言い訳にもなる。
松本人志以降のお笑いに生まれた「分かる側にいること自体がステータスになる」現象。
日本のラップが次に壊すべきなのはJ-POPとの壁ではない。
自分たちで作った「素人には分からない」という壁なのかもしれない。
出典・編集注記
事実確認(2026年10月4日):アニメ『スティール・ボール・ラン ジョジョの奇妙な冒険』公式サイトで、2026年9月25日に千葉雄喜「死ぬか生きるか」がエンディングテーマとして発表され、同日にノンクレジット映像公開とデジタル配信が始まったことを確認しました。Billboard JAPANの2024年年間チャートで、Creepy Nuts「Bling-Bang-Bang-Born」が総合ソング・チャート“JAPAN Hot 100”と“Global Japan Songs Excl. Japan”の双方で1位を獲得したことを確認しました。ED曲をめぐる「作品に合わない」という批判や、フロウ、声、反復を含めて評価すべきだという擁護はSNSや関連投稿で確認された反応であり、視聴者全体を代表する調査結果ではありません。松本人志以降のお笑い文化と日本語ラップを結びつける議論、および「素人にはわからない」が文化を小さくするという評価は筆者の論評です。画像は実在の人物、作品、ライブ、劇場を再現したものではありません。






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