*
店は、駅から少し離れたマンションの一室にあった。
外から見ても、風俗店には見えない。
普通のオートロック付きマンション。一階の集合ポストにも店名はなかった。
建物の前には黒いワンボックスが一台、路肩に停まっている。
運転席にいた男が外へ出て、車にもたれながら煙草を吸っていた。
真帆と井口を見る。警察だと分かったのか、煙草を持ったまま少しだけ姿勢を正した。
「ここの人ですか」
「はい」
「黒川さんは?」
「上です。四〇二」
真帆と井口は中へ入った。
*
四〇二号室。
インターホンを押すと、しばらくしてドアが開いた。
「警察の方ですよね」
「水城です」
「井口です」
「ここの店長をしてる黒川です」
「下の名前もよろしいですか?」
真帆が問いかけた。
「え?僕なんか疑われてます?」
「違います違います。職業柄フルネームを知っていた方が安心なんです。書類を作るときに。水城さんは言葉が足りないから」
井口が焦ったように説明した。
「ああ、そういうことなら。これどうぞ」
黒川は胸ポケットから名刺を二枚出した。
黒川祐介。四十二歳。
真帆は名刺をメモ帳の間に挟んで仕舞うと、部屋の中を見まわした。
普通の二LDKだった。
玄関に女物の靴が何足も並び、リビングにはソファ、ローテーブル、壁際に固定電話。その横に予約を書き込んでいるらしいノートがある。
ソファには女が三人いた。一人はスマートフォンで動画を見ている。一人は寝転がりながら画面を触り、もう一人は鏡を見ながら前髪を直していた。
真帆たちを見ると、すぐスマートフォンへ戻った。
「幸田さんは?」
「奥です」
黒川が廊下を見る。
「アキちゃーん」
「はーい」
少しして幸田沙耶が出てきた。
黒いスウェット。化粧はしていない。手にはスマートフォン。
「すみません」
「こちらこそ」
「アキさんって呼んだ方が良いですか?」
井口が尋ねた。
「どっちでも大丈夫です。アキって源氏名。ナナちゃんがつけてくれたの」
「話せます?」
「はい」
黒川がソファの女たちを見る。
「ちょっと部屋行ってて」
「えー」
「警察だから」
「なんかしたの?」
「してない」
三人は奥の部屋へ消えた。
幸田がソファに座り、真帆と井口も向かいに座る。
固定電話が鳴った。
「はい。今だったら二人ですね」
黒川は電話をしながらノートに何かを書いた。
電話を切る。
「すみません」
「いえ、仕事を続けてもらって大丈夫ですので」
真帆は幸田を見る。
「盗撮されてたかもしれないって聞きました」
「はい」
「奈緒さんが?」
「はい。一週間くらい前です」
「本人から聞いた?」
「はい」
「どういう話でした?」
「最初は、いつも通りだったんです。普通に出勤して、普通に待機して。私とくだらない話して」
「どんな?」
「覚えてないです。コンビニの新しいアイスがどうとか」
井口が手帳に書く手を止めた。
「そこまで書かなくていいですよ」
「気にしないでください、何が手掛かりになるかわからないので」
「そう、なんですね」
「続けてください」
「あ、はい。で、ナナちゃんが急にスマホ見ながら黙ったんです」
「見せてもらった?」
「あとで」
「何だった?」
「動画」
「どういう動画?」
「盗撮の」
井口がペンを止めた。
「奈緒さん本人の?」
「はい」
「確実?」
「ナナちゃんが、自分だって言ってた」
「顔は映ってた?」
「数十秒のサンプルで、モザイクがかかってて」
「何で本人だと?」
「部屋とか、服とか。あと、本人が分かってたから」
「どこに上がってました?」
「違法サイトだと思います」
「名前分かる?」
幸田は首を振った。
「見てない。見たくもなかったし」
「奈緒さんは、その動画を誰が撮ったか分かってた?」
「多分」
「誰」
幸田は一度、黒川を見た。
「佐伯って客」
「下の名前は?」
「知らないです」
「店に登録は?」
「いると思います。名字だけなら」
「奈緒さんを指名してた?」
「何度か」
「最近も?」
「確認します」
黒川が予約ノートをめくり始めた。
「紙? データじゃないんですか」
井口が聞いた。
「ノートを取って、空いてる時間にデータに入れてるんです。個人情報なので厳重に保管してて」
「なるほど」
真帆が井口を見る。
「雑談しに来た?」
「すみません」
幸田が少しだけ笑った。昨日、警察車両の中で泣いていた時には見なかった顔だった。
「奈緒さんは、佐伯に直接連絡した?」
「してました」
「見ましたか?」
「電話してるの聞いた」
「何て言ってた?」
「全部消せって」
「その動画だけじゃなく?」
「多分」
「他には?」
「昔のも持ってんでしょ、って」
真帆のペンが止まった。
「昔の?」
「そう言ってました」
「奈緒さんの昔の動画?」
「私もそう思ったんです。でも、そのあと変なこと聞かれて」
「何」
「十年以上前の動画って、普通残ってると思う?って」
井口が顔を上げた。
「いつ聞かれました?」
「佐伯と電話した日の夜だったと思います」
「誰の動画か聞かなかった?」
「聞きました。別にって」
「様子は?」
「探してる感じ」
「何を」
「人」
「何でそう思ったの」
「何となく」
「そうですか」
真帆ががっかりしたのが伝わったのか、幸田は続けた。
「動画を探してる感じじゃなかったんです。昔の映像の中に、誰か映ってないか探してるみたいな」
「名前は?」
「聞いてない」
「宮下紗季」
幸田は首を傾げた。
「誰ですか」
「奈緒さんの昔の知り合いです」
「聞いたことないです」
「一度も?」
「ない」
嘘をついているようには見えなかった。
「奈緒さん、最近ほかに変わったことは?」
「変わったこと……」
「誰かと揉めてたとか。誰かに会いに行ったとか」
「分かんないです」
「付き合ってる人」
「いないと思います」
「思う?」
「ナナちゃん、男の話はするけど、彼氏できても長く続かないから」
幸田が小さく笑った。
「それ本人にも言ってた?」
「自分でも言ってたし」
固定電話が鳴った。
「はい、お電話ありがとうございます。アキだったら二十二時以降ですね」
幸田が真帆を見る。
「私です」
「今日も出るんですか?」
「出ますよ」
「大丈夫?」
「休んだ方がいい?」
「いえ、強いですね」
「ナナちゃんのお墓、買ってあげたいの」
幸田は大袈裟な笑顔を見せた。
「本当に強い」
真帆は溢すように言った。
黒川が電話を切る。
「佐伯、ありました。最近だと……九日前」
「奈緒さん指名?」
「はい」
「その前は?」
「三週間前。その前は一か月ちょい前」
「定期的に来てる?」
「そんな感じですね」
「予約に使った電話番号、控えさせてください」
「はい」
「本名は?」
「うちは身分証取ってないんで」
「支払いは?」
「現金が多いです」
「九日前は?」
「そこまでは分からないですね」
「確認できる範囲でお願いします」
「分かりました」
井口が幸田に聞く。
「奈緒さん、警察に相談するって言ってました?」
「言ってない」
「店には?」
「私には何も」
黒川が言った。
「ナナ、そういうの自分でどうにかしようとするんですよ」
「どうにか?」
「客と揉めても、自分で話つける」
「危なくないですか」
「危ないですよ」
幸田が言った。
「だから私も怒ったの。一人で連絡すんなって」
「奈緒さんは?」
「大丈夫って」
「何が大丈夫なの」
「聞きました」
「何て?」
「こういう男、慣れてるからって」
幸田は少し笑ったが、すぐに消えた。
「全然、大丈夫じゃなかった」
奥の部屋から笑い声がした。
固定電話が鳴り、黒川が取る。
女の子が一人、奥から出てきた。
「行ってきまーす」
「十五分後、下」
「はーい」
女は玄関でヒールを履き、真帆たちの横を通る。
「お疲れさまです」
井口がなぜか軽く頭を下げた。女も頭を下げて出ていった。
「なんであんたが挨拶してんの」
「向こうがしたから」
真帆は手帳を閉じた。
「幸田さん。思い出したことがあったら、どんな小さいことでも連絡してください。佐伯のことも、奈緒さんが探してた人のことも」
「分かりました」
真帆たちは立ち上がった。
「水城さん」
「ナナちゃんのこと、ちゃんと調べてくれますよね」
「それが仕事だから」
幸田は少し笑った。
「お願いします」
*
マンションを出る。
さっきの黒いワンボックスはまだ停まっていた。
少し離れたところで別の車がハザードを出す。
さっきの女が出てきて後部座席に乗り、車が走り出した。
「普通ですね」
井口が言った。
「何が」
「もっと特殊なところだと思ってました」
「何を期待してたの」
「分かんないですけど」
「社会科見学じゃないんだから」
「はい」
二人で車に乗り、井口が口を開いた。
「佐伯、怪しいですね」
「まだ名字だけ、偽名かもしれないし」
「盗撮して、奈緒さんと揉めて、昔の動画まで持ってる」
「そうね」
「十年以上前」
「うん」
「宮下さんの失踪と繋がります?」
「まだ分からない」
「でも山岸さん、十年以上前の映像で誰か探してた」
「そう見える」
「宮下さんだったら?」
「だったら、その理由を調べる」
「刑事ですね」
「何だと思ってたの」
「怖い先輩」
「降りる?」
「すみません」
井口がエンジンをかけ、少しして言う。
「デリヘルのジャンヌダルク事件とでも呼びますか?」
「酷いネーミング」
「でも、正直ビビってますよ。警官になって五年くらいですけど、こんなに被害者の周りが協力的な事件、初めてです」
「そう?」
「家族に聞けば隠し事出てくる。友達に聞けば金で揉めてる。恋人に聞けば浮気してる。今まで、みんなどっかしら暗いところありましたもん」
「人間だからね」
「でも山岸奈緒さん、今のところ出てくる話が全部いい話なんですよ」
真帆は窓の外を見る。
「それくらい奈緒さんは気高かったのかもね。あの子が信頼するくらい」
「……あの子?」
一瞬だけ間があった。
「紗季」
「ああ」
井口が少し考えた。
「デリヘル嬢なのに?」
「あんたがジャンヌダルクって言ったんでしょ?」
「ジャンヌダルクで合ってるんですね」
「合ってない」
井口が車を出した。





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