架空モデルも、偏りから自由ではない
実在モデルを使わないことが多様性の解決にもならない。生成画像が同じ顔、同じ肌、同じ体形へ収束すれば、現実の子どもの違いを消す。誰も傷つけない架空モデルのつもりが、標準化された“理想児”を量産する。広告の倫理は、撮影しなければ終わる話ではない。
子ども服の広告で削ってはいけないコストは、服を着る子どもの現実だった。
しまむらグループの子ども用品店『バースデイ』が9月13日、スカジャンとスカオールのオンライン販売を公式Xで告知した。ところが画像に登場する複数の赤ちゃんの顔がよく似ており、手や質感にも不自然さがあるとして、生成AIではないかという疑問と批判が広がった。
記事掲載時点で、企業がAI使用を公式に認めたとは確認できない。だから“AI広告だった”と事実認定はできない。ただし、消費者が着用モデルを人間として信じられず、商品画像の参考性まで疑った時点で、広告として失敗している。
同じ顔が怖い、で終わらせるな
SNSでは“全員同じ顔”“気味が悪い”という反応が目立った。違和感は当然だが、顔の美醜や子どもらしさを採点する話へずらしてはいけない。問題は、実在しない可能性のある身体が、実在する服のサイズと質感を保証する役に使われたことだ。
乳幼児服では、袖丈、首回り、股下、厚み、動きやすさが購入判断になる。年齢も身長も分からない合成上の子どもに着せれば、かわいい雰囲気は作れても、生活用品としての情報は減る。広告が商品説明ではなく、架空の試着室になる。
AIはモデルを守る道具にもなれる
反論もある。乳幼児の撮影は時間、安全、プライバシーへの配慮が必要で、本人が将来望まない顔写真を残す危険もある。生成技術で実在児童の露出を減らせるなら、倫理的な利点はある。撮影負担やコスト削減をすべて悪と呼ぶべきではない。
だからこそ、使用の明示と用途の線引きが必要だ。イメージカットは生成、サイズ確認は実物撮影、細部は平置き画像というように、何が参考になり何が演出かを分ける。曖昧なまま“着用例”らしく見せるから、安さのために人間を省いたという不信を招く。
広告の安さは、商品の安さまで傷つける
バースデイは手頃な価格で子育て家庭を支えるブランドだ。だから広告制作費の効率化は必要だろう。しかし合成感の強い画像は、服の縫製や素材まで偽物っぽく見せる。節約した制作費以上に、商品の信頼を削る。
企業はAIを使ったか否かだけでなく、なぜこの画像を公開基準に通したかを説明すべきだ。人間が最終確認したなら、同じ顔と不自然な着用感を問題なしと判断した責任は消えない。AIを責任主体にすることもできない。
子ども服の広告で削ってはいけないコストは、服を着る子どもの現実だった。モデルを生成できても、成長する身体、動く生活、親が知りたい寸法までは生成画像で代用できない。
出典・編集注記
バースデイ公式Xの2026年9月13日付商品告知、週刊女性PRIMEの9月16日付記事、東洋経済オンラインの9月14日付論考を参照しました。公開画像に生成AIが使われたかについて、記事掲載時点で企業の公式説明は確認できません。そのため本文はAI使用を確定せず、画像の不自然さと広告設計への批評です。画像には実在の子どもを使用していません。






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