『ちいかわ』は、考えてみれば恐ろしく直球なタイトルだ。
『ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ』。
自分から「かわいい」と名乗っている。
普通ならこれだけで、かわいさを売り込むために計算されたキャラクタービジネスの匂いが出てもおかしくない。
なのに、あざとく感じにくい。
なぜか。
おそらく『ちいかわ』の登場人物たちが、かわいいだけでは終わらないからだ。
ちいかわは草むしり検定に挑み、働いて報酬を得る。ハチワレは洞窟で暮らし、うさぎは自由奔放で言葉による説明が少ない。モモンガは「かわいこぶる」一方、その存在自体に不穏な物語を抱える。ラッコも最強クラスの討伐者でありながら、額には傷がある。
そして彼らが暮らす世界では、突然「討伐」が始まる。
かわいいものを食べて喜んでいた数コマ後に、命の危険がやってくる。
講談社による作品紹介でさえ、『ちいかわ』の日常を「楽しくて、切なくて、ちょっとハード」と表現している。
重要なのは、その“影”をナガノが全部説明してくれないことだ。
なぜこの世界では労働しなければならないのか。討伐対象とは何なのか。キャラクターたちはどこから来たのか。
説明されないことが大量に残されている。
だから視聴者が勝手に考える。
ハチワレの生活を見て切なくなる人もいれば、ちいかわの資格勉強に自分を重ねる人もいる。モモンガをかわいいと思う人もいれば、その背景を知って複雑な感情を抱く人もいる。
作品側が「ここで泣いて」「この子をかわいいと思って」と誘導しすぎない。
余白だけを置く。
だから視聴者自身が感情を持ち込める。
『ちいかわ』の凄さは、かわいいキャラクターの中に闇を入れたことだけではない。
その闇についてさえ説明しすぎなかったことだ。
「なんか小さくてかわいいやつ」。
結局タイトルからしてそうなのだ。
何者なのかすら断定していない。
この「なんか」に残された巨大な余白こそ、『ちいかわ』がただの“かわいいキャラクター”で終わらなかった理由なのかもしれない。






レスポンスを読み込んでいます…