「あの人、バラエティ上手いよね」
「ロケがめちゃくちゃ上手い」
最近よく聞く。
でも、この“上手い”って何だ。
店に入る。
「うわー!すごい!」
料理が出る。
「めちゃくちゃ美味しい!」
店主に話を振る。
ちょうどいいところでボケる。
スタッフが欲しいコメントを出す。
尺の中でオチまで作る。
確かに上手い。
でも、それっていつから
面白い人の評価基準になったんだ。
テレビに台本があるのは昔から
もちろん、バラエティに構成はある。 ロケにも段取りがある。 誰がどこへ行くのか。 何を紹介するのか。 どこでVTRを切るのか。 昔から決めている。
問題はそこではない。
昔は、台本を土台にして
出演者が壊す余地があった。
予定より長く喋る。 思わぬ人に絡む。
スタッフが想定していなかった方向へ転ぶ。 だから現場で何かが起きた。 今は逆に、
台本通りに“自然に見せる技術”が評価されすぎている。
ロケが上手い=スタッフが編集しやすい?
「コメントが簡潔」 「進行を止めない」 「ちゃんと商品名を言う」 「必要なリアクションをくれる」
テレビ制作としては最高だ。
編集も楽。 スポンサーも安心。 放送事故も起きにくい。
でも、それを突き詰めると出演者は、
人間というより高性能なテレビ素材になる。
面白いから使うのではなく、 “番組を壊さないから使いやすい”。 それを「バラエティ力」と呼んでいいのだろうか。
上手いテレビより、変なテレビが見たい
予定通り店を褒める。 予定通り驚く。 予定通り感動する。 予定通り笑う。
それなら台本の完成度を競えばいい。
出演者に期待したいのは、 スタッフが書けなかった一言。 誰も予想していなかった空気。
編集室で「これどうすんだよ」と笑う瞬間だ。
テレビは台本を演じる場所ではない。
台本だけでは起きなかったことを撮る場所だったはずだ。
「ロケ上手いですね」 その褒め言葉が増えるほど、 テレビは少しずつ、上手に予定通りになっている。






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