「あいみょんの歌詞、意味分からなくない?」

たまに聞く。

確かに、全部を文章として読めば変な歌詞はある。

話が飛ぶ。

突然知らない景色が出てくる。

主語も曖昧。

「結局何が言いたいの?」となる。

でも、そこで思う。

歌詞って、そんなに全部説明されないと読めないものだったっけ。

歌詞は取扱説明書ではない

あいみょんの歌詞には、恋愛感情そのものではなく、匂い、身体、部屋、季節、生活用品みたいな具体物がよく出てくる。

その断片から、

この二人はどういう関係なのか。

もう別れたのか。

まだ好きなのか。

誰の視点なのか。

聴く側が勝手に補完する。

そこが歌詞の面白さだ。

なのに最近は、少しでも説明が飛ぶと、

「意味不明」

で終わらせてしまう。

比喩に「そんなこと現実では起きない」と言うな

小説でも映画でも同じだ。

象徴。

比喩。

省略。

余白。

全部説明しないから、受け手が入り込める。

ところが文章を「書いてある情報を正確に回収するもの」としか考えなくなると、歌詞の曖昧さが欠陥に見えてしまう。

「なんで急にこの言葉が出てくるの?」

いや、急に出てくるから歌詞なんだよ。

意味が分からないのではなく、答えが書いていない

もちろん、あいみょんの歌詞が全部名文だと言うつもりはない。

比喩が刺さらない曲もある。

「それ格好つけすぎでは?」と思う表現だってある。

でも、

一回読んで意味が確定しない=意味不明

ではない。

むしろ何度も聴いて、

「あ、こういうことかもしれない」

と意味が変わるから歌詞は残る。

すべてを説明してほしいなら、歌詞カードではなく議事録を読めばいい。

歌は、正解を読むものではない。

勝手に誤読できるくらいの余白がある方が、ずっと面白い。

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