智弁和歌山高校優勝おめでとうございます!

その一方で、SNSでは星よつは学生コーチが注目される。

すると、なぜか不機嫌になる大人が現れる。

「マネージャーなのに目立ちすぎ」

「メディアが持ち上げすぎ」

「父親が元プロだから注目されているだけ」

17歳の女子高校生に向けて、そこまで言う必要があるのか。

そもそも“ただの女子マネ”ではない

星は仙台育英初の女子野球部員。

学生コーチ兼マネージャーとして、須江航監督から「男子部員に負けないノック」「データ分析」「3年間ブレずにやり切る覚悟」などの条件を示され、それをクリアして甲子園のベンチまで来た。

監督自身も、その働きを高く評価している。

つまり、かわいい女の子を突然ベンチへ座らせた話ではない。

努力して、認められて、チームの一員になった。

ただそれだけの話だ。

それでも「目立ちすぎ」と叩く

ここからが異様だ。

若い。

ひたむき。

仲間を支える。

努力が結果につながる。

そして全国から注目される。

普通なら、応援する。

ところが一部の大人は、まず粗探しを始める。

「特別扱いではないのか」

「メディアが作ったスターではないのか」

なぜ、17歳の努力をそのまま認められないのか。

なぜ、称賛される若い女性を見ると、必死になって欠点を探すのか。

「あの子も大したことない」を確認したい

目立ちすぎ。

父親が元プロだから。

メディアが持ち上げているだけ。

理由を一つ見つければ安心できる。

「あの子が特別なのではない」

「自分が認めなくても、世間が騒いでいるだけだ」

そう思えるからだ。

でも、それは批評ではない。

嫉妬をもっともらしい言葉で包んでいるだけだ。

本人たちの内心までは分からない。

ただ、自分にはもう取り戻せない若さや、自分が得られなかった称賛を持つ人間に対して、人は急に採点が厳しくなることがある。

17歳を叩いて、大人は何を守っているのか

星よつはは、誰かの席を奪ったわけではない。

チームの中で役割を果たし、3年間やり切った。

それでも「目立ちすぎ」と言うのなら、問題は彼女の存在感ではない。

彼女が称賛されることに耐えられない側の問題だ。

17歳の高校生が努力した。

チームを支えた。

甲子園のベンチに入った。

それくらい、普通に称賛すればいい。

若い女性が注目されるたびに、容姿、家柄、親、メディア、特別扱いを持ち出して叩く。

そんな大人たちが守っているのは、正義ではない。

「自分より若い誰かが輝くのは気に入らない」という、みっともない自尊心だ。

若者の青春にまで減点方式を持ち込まないと自分を保てないなら、

問題があるのは、ベンチにいる高校生ではない。

17歳を相手に、嫉妬で噛みついている大人たちのほうだ。

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